令和5年11月お寺のお便り 【加賀山 満福寺】

お寺の話

清々しい秋を感じる頃となり、紅葉の美しい季節になってきました。

11月に入りまして、夜間保育園園舎の建て替え工事も始まりました。

11月は満福寺では『お十夜・総墓供養』のお勤めがある月になります。

お十夜法要とは?

お十夜法要とは「十日十夜会」を略したもので、もともとは旧暦の10月5日の夜から15日の朝までの10日間、昼夜を通して、感謝の念仏を唱えるものです。

これは、「煩悩や苦しみの多い私たちが生活するこの世界で、十日十夜の間、善い行い(善行)を修めることは、迷いのない仏の世界(極楽)で千年にわたって善行に励むよりもすぐれている」ということから由来しています。

そして、浄土宗にとって最も功徳をいただける善行というのは、すなわち「南無阿弥陀仏」とお念仏を唱えることになります。

お十夜法要はいつから始まったのか?

浄土宗におけるお十夜法要の歴史は約550年前まで遡ります。

時は足利義教が第6代将軍を勤めていた室町時代。政所執事(現在でいう行政長官)であった伊勢守貞経の弟・平貞国は、出家することを念頭に、真如堂にて三日三晩籠って念仏を唱えようとしていました。

しかし、夢に現れた高僧の「おまえが私を信じるなら、来世には必ず救われる。今の世の事は3日待て」という言葉に、出家を思いとどまります。

すると、時を同じくして、兄・伊勢神貞経は隠居を命じられ、吉野に謹慎することが決まります。

その跡を継ぐのは貞国です。もし高僧のお告げがなく、自分が出家していたら、兄の跡を継ぐどころか家が絶えてしまうところだった…夢のお告げに感謝した貞国は、再び真如堂に籠り、七日七晩の行をあらためておこないました。

合計、十日十夜、念仏を唱えた貞国のエピソードが、十夜法要の由来となっています。

「南無阿弥陀仏」は「ありがとう」

「南無阿弥陀仏」とは「ありがとう」。

「ありがとう」という言葉は感謝の言葉の代表ですが、満福寺の宗派である西山浄土宗でも「南無阿弥陀仏」は感謝のお念仏だと言われます。

なぜ、「感謝のお念仏」と言われるのかというと、西山浄土宗では、すでに阿弥陀様に救われていることが約束され、この世での生が終わると、極楽に往生できる権利が私たちにはすでにあるのですが、私たちはそのことに気付かずに色々な煩悩に悩まされながら生活をしてしまっている。

この世で生を受けているうちに、南無阿弥陀仏や仏教の様々な教えを知り、阿弥陀様に救われることに気付いたときに初めて感謝のお念仏である「南無阿弥陀仏」が自然と口から出て、一度しかない自分の人生を今のありのまま受け入れて、前向きに生活していこうという気持ちが生れてくるのです。

また、「南無」にはお任せするという意味があり。

「阿」は「a」つまり、否定の接頭語になります。

そして、「弥陀」はメートルから弥陀になったとされ、「メートル」=「図ることができる」に否定の接頭語がついて

「南無阿弥陀仏」とは『測ることのできない不思議な力にお任せする・感謝する』=『ありがとう』となります。

「ありがとう」の語源は「有難し」

「ありがとう」の語源は「有難し」=「今、有ること(存在すること)が難しい」からきていると言われています。

人生はうまくいくことよりも、うまくいかないことの方が圧倒的に多いと思います。

お釈迦様もお悟りを開かれて最初に、「四苦八苦」(しくはっく)と言われたように、『この世の中は思い通りにならないことが多く、まさに、苦しみに満ち溢れた世界である』と説かれました。

本当に、人生は難しいことが多いと思います。

突然の病気や人間関係の問題で急に苦しくなったり、自分がやることなすこと全てがうまくいかず、いつも悪い状況になったり、困ったことが起きたり、時には地震や台風など自然災害の災いがあったりします。

これを私たちは「苦難・困難・災難」と言います。

そして、上手くいかないときは、何度も何度も一難去ってまた一難と、目の前に多くの「難」がやってきます。

このような「難」が一つもなく、嫌なことが全く起きなかったら、それは「無難な人生」で、一見幸せそうだと思いますが、実は、他人と比べて無難な人生だと思うだけで、そんな人生を送れる人は誰一人もいないのです。

そして、実はこれらの難が『有る』ことで、あなたが苦しい思いをしたときに誰かに助けられたり、困難なことでも一緒に力を合わせて一つのことを達成できたときに、人は優しくなれ、強くなれ、大きく成長できるのです。

だから、様々な「有る難」を乗り越えさせてもらったことに感謝して「有難い」になるのです。

まとめ

人は、毎日の仕事や家事・子育てなどで忙しくしていると、今の自分はここに存在しているだけで「有難い」ことなんだということに気付かずに生活してしまい苦しくなります。

お十夜法要を通して、自分自身の存在や自分の周りの人の存在が実は奇跡的なことで、とても「有難い」ことなんだと気付けたときに「南無阿弥陀仏」と阿弥陀様やご先祖様に感謝のお念仏を称え、この世では「ありがとう」という感謝の言葉をたくさん使った生活を心掛けることで、迷いの少ない幸せな生活を送ることができるのだと思います。

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